朝日新聞の2つの記事 - 鉄道とバスの旅・歴史のブログ

朝日新聞の2つの記事

2021年2月26日の朝日新聞でこのような2つ記事を見つけました。見づらいと思いますのでブログに書き写してから考えを述べたいと思います。(大事な部分は太文字です)

ひとつめ

横浜市市電保存館 4

昭和の面影 館内に 街に

横浜市電保存館横浜市磯子区

https://www.shiden.yokohama
市電保存館のリンクです

文・山崎祥子 画・安藤ニキ

 ハマっ子の知人友人からちんちん電車の話をよく聞かされる。ちんちんと音を鳴らして走っていた路面電車だ。「あれこそ昭和の横浜。原風景だよねえ」と、しみじみ語られたりすると、乗りそこねた私はうらやましくてちょっと悔しい。でも、横浜には市電保存館がある。本物の市電が7両も展示されており、走ることこそないが乗ることができる。行先表示も往時のまま。昔懐かしいポスターが貼られた車体を眺めながらステップを上がると、そこは大勢の人々が踏みしめた木の床。歩くと少しきしむつり革をそっと揺らしたり、布張りの座席に腰掛けたり、運転席に立って機器を触れたりしてると、窓の外から豆腐屋さんのラッパが聞こえてくるようだ。
 横浜における路面電車の始まりは明治37(1904)年。大正10(1921)年に横浜市が買収して横浜市電になった。今年は100周年を迎え。人力車に代わって、市電が市民の便利な足となった。徒歩ではちょっと、という距離にも買い物にいける。市電の経路には、にぎわいのある商店街が幾つも誕生。最盛期の30年代半ばには中区、南区、神奈川区、鶴見区、磯子区といった横浜中心部を、15系統もの市電が走っていた。小学校の遠足で丸ごと貸し切り、ということもあった。子どもたちの弾みきった笑顔が目に浮かぶ。
 市を上げての催し物には造花と電球で満艦飾の「花電車」も登場した。その晴れやかな姿に市民が最後に見たのは昭和47(1972)年。この年、市電は役目をバスに譲り、横浜から消えた。しかし関東大震災や大空襲に耐え、市民の暮らしを支えた市電の記憶を横浜は忘れられず、、昭和48年、市電保存館を開設したのである。広い館内を順操りに歩いてみると、楽しみは市電だけではないことがわかる。江戸時代初期の吉田新田開発に始まり、ペリー来航、横浜開港と国際都市への歩み、関東大震災、戦争、戦後復興という横浜の歴史、そして交通の歩みを、豊富なパネル写真、その時代に使われていた物などで追体験することができる。
 子どもも、鉄道マニアも夢中になるのは、運転体験ができるジオラマの「NゲージCG映像を使った「市電シュミレーター」。そして蒸気機関車43両をはじめとして各種車両のミニチュアがずらりと並ぶ「吉村コレクション」。「実はもうひとつ、来館者たちが見つけてくださった、サプライズスポットがあるのですよ」そう言って館長の武藤隆夫さんが案内してくださったのは、市電が並ぶスペースの窓側。窓の向こうは窓の向こうは市営バスの滝頭(たきがしら)営業所だ。連接バスのベイサイドブルーや燃料電池バスなど、さまざまなバスがここへやってくる。本物の市電、鉄道ミニチュア、さらに珍しいバスまで見られるのだから、乗り物ファンはたまらないだろう。私としてはもうひとつ付け加えたい。この舘にある磯子区滝頭は、横浜大空襲の被害を免れたところ。そぞろ歩けば、昭和初期の面影がまだ残っている。この風情もぜひ味わっていただきたい。

横浜市市電保存館 

こちらが市電保存館になります。横浜駅東口のバスターミナルからバスで1本。だいたい20分くらいで着けます。

横浜市市電保存館 1

5年くらい前に友人と一緒に行ったのですが、第一印象としては「おぉ路面電車の実物が置いてある」といったまさに鉄博に行った印象(驚きというか感動←盛っていっているわけではないですよ)でした。

横浜市市電保存館 3

車内は記事と同様。木造で私と同じような大柄な人間が車内に入ると結構、大丈夫かなぁと心配するほどのきしみぶりでしたが、それほどの歴史があるのだなとも思ってます。

横浜市市電保存館 2

滝頭は今は停留所になってますが、当時は市電ということで電停だったというのも印象的でしたね。

あと、お土産コーナーも充実しており、私は系統の路線図が紹介されていたクリアファイルを購入しましたね。それから友人から教えてもらったのですが、ここ本牧(磯子)は美空ひばりの出身地でバスを通る際に「ここにお墓があるんだよ」って教えてもらいました。

あとNゲージやジオラマやシュミレーター目当てで来館する際は休日よりも平日がオススメ。休日の鉄博をイメージして頂ると察しがつくと思いますwww

ふたつめ

村岡新駅 公募

村岡新駅の名称「公募も選択肢」

 JR東日本の照井英之横浜市社長が朝日新聞のインタビューに応じ、藤沢市宮前周辺で2032年ごろの開業を目指す村岡新駅(仮称)の名称の決め方について「公募も1つの選択肢」だと語った。また「未来志向の駅をつくっていく」との考えも示した。JR東日本管内では、昨年に開業した高輪ゲートウェイ駅(東京都港区)で公募を行なった。村岡新駅についても、自治体からは「命が輝くような、期待感がふくらむような名前を、みなさんと考えていきたい」(黒岩祐治知事)といった声が上がっている。照井氏は駅名について「最終的にはJR東日本が責任をもって決めるが、どう決めるか何も決まってない」と説明。その上で「自治体やご利用いただく皆さんにご理解いただけるよう広く意味を求めることになると思う」「公募も1つの選択肢だ」と語った。駅名に「湘南」を含めるかどうかについては「わからない」と明言を避けた。
 村岡新駅の詳細な設計はこれからだが、最近はハイテク化が進んで案内用ロボットが客を出迎える駅も出てきている。照井氏は「駅のあり方は変わってきているし、技術開発も進んでいる。未来志向の駅をつくっていくということが必要じゃないか」とも語った。

この記事ではひとつひっかる文言がありました。「最終的にはJR東日本が責任をもって決める」です。特に「責任をもって」の部分ですね。昨年のゲートウェイ駅のことを遡ると駅名発表時にあまりにも意外な駅名にニュースでも大きく取り上げられました・・・。というより炎上状態でしたね。そしてwebで「品川に新しいゲートウェイを」といったPR文を見つけ投稿された時はある種の陰謀論が出たり、名前の撤回などの署名運動が出るまで発展してました。この「責任をもった」結果がゲートウェイ駅決定という見方もできますが、結局「独断じゃん」なんていう見方もできて、体質が変わってないというのも感じました。もともと運輸省からですもんね。確かゲートウェイ駅の公募の時は「高輪駅」や「泉岳寺駅」などが多かったと聞いています。


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こちらは横浜市電



川崎にも市電があった
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