文豪が行き帰していた列車 - 鉄道とバスの旅・歴史のブログ

文豪が行き帰していた列車

昨日(3月27日 土曜日付)の朝日新聞から気になる記事がありましたので取り上げようかと思います。一応本文を記載してます。大事なところは太字にしました。その後に私なりの考えなどを書こうかと思います。


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歴史のダイヤグラム

原武史

谷崎潤一郎と37列車の旅


 関東大震災の後に兵庫県武庫郡清道(せいどう)村(現・芦屋市)に移住した谷崎潤一郎は、東海道本線で東京〜大阪間を往復することが多かった。東京から帰る際によく利用したのは、特急でも急行でもなく37列車という夜行の普通だった「旅のいろいろ」。37列車は1934(昭和9)年12月の丹郡トンネル開通に伴うダイヤ改正とともに登場した列車で、東京を午後11時20分に出て、大阪に翌日の午前11時45分に着くその直前の午後11時に東京を出る下関行きの急行は、大阪に午前10時34分に着く。所要時間がそれほど違わないのは、37列車が普通と称しながら途中の小田原〜浜松間と大府(おおぶ)〜大阪間で停車駅が少なくなるからだった
 しかし急行が混んでいるのに対して、37列車はいつも空いていた。特に谷崎が愛用していた2等寝台車は、間際に買っても売り切れていたことがなかった。普通は急行よりも停車駅が多く時間がかかるという先入観が、彼にとっては幸いしたのだ。37列車は名古屋に7時54分に着く。谷崎が目を覚ますのは、たいていこのあたりだった。もう2等車に乗ってくる客はほぼいない。彼は座席を1人占領し、足を伸ばして車窓に目をやった
 「東海道を下つて来て、汽車の窓から見た所では、名古屋までは家の建て方や自然の風物に東京の匂(におい)がするけれども、名古屋を越すとそれが全く跡を断つて、はつきり関西の勢力圏内へ這入(はい)つたことを感ずる。で、寝台車の中で一と夜ぐつすりと熟睡した後に、ぱつと眼を覚ますともう窓の外がすつかり関西の景色になつてゐる、その朝の気持が何とも云(い)へない」
 大垣で濃尾平野が尽き、急勾配を上って関ヶ原を過ぎるあたりでは、柿の木の多い村落や農家の白壁が見えてくる。彦根では城の天守閣が現れ、安土ではかつて城が築かれた地勢もとらえられる。谷崎は名古屋でボーイに買わせておいた新聞も投げ出して、見慣れたはずの車窓風景を飽きもせずに眺め続けた。特急や急行よりもゆっくり走るから、景色を見るのにもかえって都合がよかった。
 「私は思ふのであるが、短時間に出来るだけ遠ツ走りをするスピード旅行の逆を行つて、狭い範囲を出来るだけ長くかゝつて見て廻(まわ)る旅のしかたを、少し奨励してみたらどうか」谷崎がこう提案してから80年あまりが経つ。この間に日本の鉄道はひたすらスピードアップを図ってきた。全国に新幹線が開通し、リニアの建設が進む一方、SLや夜行列車はほぼ全廃された。移動している車内の時間を短くすることこそ究極のサービスだとする価値観自体、揺らぐことはなかった。(政治学者)
 <写真左隣>戦争末期に廃止されてから5年ぶりに東京〜大阪間の夜行急行に復活したマロネ38形2等寝台車=1949年、大阪市北区梅田の国鉄大阪駅

ここからは考察

●37列車という夜行の普通列車がメインなのですが、ネットのない当時だからこそ座席が空いていたのでしょう。現在はSNSといった個々人で情報を世界中に向けて発信出来るので、こういった穴場の列車はすぐに情報が広まり空か空かというよりも満席になってしまいやすいかもしれません。

●名古屋という地区は今も関東と関西の中間の区域ですよね。エスカレーターが左側にずれるか、右側にずれるか。関ヶ原を境に変わって来ます。以前「トリビアの泉」というフジテレビの番組で関ヶ原ではエスカレーターはどちらとも空けずに、(ずらさない)左右ともに乗客が埋まった状態でエスカレーターに乗ると放送されてました。

●当時の急行寝台が満席に対して、37列車の普通の2等寝台で足を伸ばせられるって「最高の贅沢」じゃないですか!そしてゆっくりと車窓を眺められる。いいじゃないですか。私だったら誰にも話さずに「個人の贅沢なひと時」として満喫しそうですが(あ、そんなこと聞いてないですか草)到着時間が約1時間ほどしか変わらずに足を伸ばせてゆっくり過ごせるって(憶測ですが、普通ということで急行券もいらないのでしょう)やっぱりいいなぁ・・・。

●今は(もう廃止になってしまいましたが)ムーンライトながらというポジションで見てもいいかもしれませんね。指定席券は必要ですが、一応快速電車ですからね。ながらの「大垣ダッシュ」という名物も無くなっちゃうのは寂しいですが。(ながらは無くなっても「大垣ダッシュ」自体はなくなってませんからね)「東神奈川ダッシュ」(と勝手に命名してます)みたいなものです。

●全国に新幹線が開通し、リニアの建設が進む一方、SLや夜行列車はほぼ全廃された。と記載はされてますが、全廃はされてないですね。例えば夜行寝台列車は「サンライズ出雲・瀬戸」や「ウエストエクスプレス銀河」が定期運行されてます。おそらく牽引型のブルートレイン、583系の様な寝台型の特急型の寝台車両のことをいいたいのだろうと思いますが、後者は確かになくなりました。しかし、牽引型だと「カシオペア」が定期的ではありませんが、運行はしています。(個人的に、「銀河」は最終の新幹線を逃してしまったお父さんの足として寝台急行「銀河」は憧れて1回乗車しました2階席でして初めて窓枠の小さい寝台席でいろいろと新鮮な気分で乗車することができて今でも思い出として残ってますね)SLはイベント車両としてよく走ってますね。最近では鬼滅の刃とコラボした「無限列車」号が群馬と九州で走ってました。後大井川鉄道に「トーマス号」が走ってますし。あとSLやまぐち号ですね。

●先ほどの続きで、新幹線は車窓を眺められて楽しめることができますが、リニアに関してはずーっと地下を走り、磁石の力で走っているので人体にどう影響するかは不明です。全くないかもしれませんし、何かしらの影響があるのかはわかりません。わかっているのは今静岡県とJRがもめていることと、高速で走行することくらいです。



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