横浜線の歴史をたどります。 - 鉄道とバスの旅・歴史のブログ

横浜線の歴史をたどります。

今回は路線の歴史をたどってまいります。思いっきし、タイトルに「歴史」と書いてましたが、そういえば歴史をたどってないということに気が付き書いてみました。まあ、単純に忘れてましたね 😅
ってなわけで歴史をたどってみましょう。今回は「横浜線」です。訳は単純に私が横浜線沿線に住んでいるからです。地元の方々から「ハマ線」として親しまれています。横須賀線の「スカ線」に対する「ハマ線」ですね(笑)
横浜線参考書物1
参考書物です。山田亮氏、生田誠氏の「生糸の輸送路線から首都圏の通勤路線へと発展 横浜線 街と鉄道の歴史探訪」です。
なぜ横浜線が誕生したのか。それは1908年に「横浜鉄道」という私鉄の開業から端を発してます。書籍のタイトル通り開業当時は八王子や甲州地方の生糸の運搬が主な目的でした。そして1917年に国有化します。区間は八王子駅から東神奈川駅です。そこでよくある疑問の中で「なぜ横浜線という名前で『横浜駅』を通っていないのかという点です。私も子供のころよく思ってました。東神奈川から大船までの区間は「根岸線」にはいるのです。まあこの点に関しては京浜東北線にも当てはまります。これについてはまた後日。話がごっちゃになりますので。名前の由来はこの「横浜鉄道」から来ているのでしょう。
小机駅
当時は蒸気機関車で生糸などを運搬してました(小机駅)
〇横浜線単線時代
横浜線は開業当時から1988年まで一部区間が単線でした。ですので電車交換のために複線駅で反対方向からくる電車の待ち合わせが15から20分ドアが開けっぱなしの状態で停車しているため、冬はすごく寒かったそうです。当時は4両編成で運行されており、ラッシュ時は6,7両で運行していました。複線化のきっかけは周辺住民の「増発してほしい」という声だそうです。1968年の東神奈川から小机間の複線化は新横浜駅の新幹線との接続が目的でしたがそこから先の区間は単線でした。沿線住民は毎日の通勤通学で単線では困るという声から1972年、小机から鴨居間と相原から片倉間のトンネル掘削作業を開始。1980年には東神奈川から相原間の複線化を完了する。そして1988年に相原から八王子間の複線を完了(全区間複線完了となる)
横浜線 単線時代
ご覧の通り単線時代は木造車両クハ72系が走っていました。(小机~鴨居間)
〇横浜線木造車両時代
上部の車両の通り当時の横浜線は木造車両でした。1973年9月のダイヤ改正までこの車両が活躍してました。9月からは103系の運行が始まります。
横浜線 木造車両2
写真は新横浜駅を出発する根岸線直通磯子行です。
木造車両 さよなら運転
引退時のさよなら運転の様子です。
余談ではありますが、「町田駅」は開業当初は「原町田駅」で小田急線は「新原町田駅」として営業してました。
原町田駅
当時の「町田駅(原町田駅)」の駅の様子です。
〇103系時代
1979年のダイヤ改正とともに103系が導入されます。1988年9月のダイヤ改正まで活躍します。当時導入された103系は色は青色(スカイブルー)や黄緑色(うぐいすグリーン)の車両や車両によって黄緑、青色と混同された車両の頭に「横浜線」というプレートを付けて運行してました。
1031
1032
1033
このような感じで黄緑色、青色、または混同といろんなタイプの103系が走っておりました。先頭のプレートは誤って乗車することへの対策でしょう。中央の青い車両はワンランプのタイプのようです。路線カラーといったものは重要視されていなかった雰囲気も今となっては新鮮な感じがします。
〇205系時代
1988年の9月のダイヤ改正とともに205系が導入されます。この時から現在の帯カラーとなる、上部黄緑、下部緑カラーが走り始めます。私の幼少期にはもうすでに205系が運行されてました。205系になっても誤乗車防止のための方向幕や先頭に「横浜線」と書いてあります。2014年まで運行をします。1998年には横須賀線の逗子駅まで直通運転を開始します。運転間隔は土・休日に各停、快速1本ずつの運行です。2008年の3月まで逗子まで走ってました。
京浜東北線 205
ちなみに京浜東北線も205系走ってました。雰囲気としてはJR西日本の京都線や神戸線といった印象がありますね。またちゃんと「京浜東北線」という方向幕もあじがあります(笑)
橋本駅 ホーム
205系導入当時の橋本駅です。相模線はこの当時気動車だったんですね。
205 2
90年には6ドア車が山手線から譲り受けます。
205 6ドア車 車内
乗降がスムーズにできるのはよかった半面、ラッシュ時には座席が折りたたまれ乗り心地もあまりよくなかったようです。
205 4
スカートなしの205系の白方向幕です。ここの方向幕も山手線から引き継いでいるのかなあと感じます。
205 5
黄緑色方向幕です。私個人としては好きな方向幕です。
横須賀線直通の逗子行です。横浜線の中で最長の運転区間です。鎌倉に車庫があるので回送にせずに運行しようといった理由で運行していました。
2056
時代とともに方向幕の様子が変わってきてます。最後はLED方向幕ですね。
〇臨時特急はまかいじの運行開始
1996年から土・休日のみではまかいじ号が(185系)が2019年1月まで運行を始めます。当時は甲府までの運転だったのですが、後に松本まで走るようになります。名前は甲府までの走っていたので「かいじ号」ですが、松本まで伸びても「はまかいじ号」で運転していました・「はまあずさ」にはならなかったのです。「はまかいじ号」でもうなじんじゃったのでしょうね。横浜を出発し、新横浜、町田、橋本と主要駅に停車し八王子から中央線に入るという形での運行でした。
はまかいじ号
ただ本数的には臨時特急ということで上下で1本ずつでした。
町田駅 ホームドア
当時町田駅のホームドアが今年の1月で撤去されたというニュースを見てふと「終わってしまった」と感じてしまいました。
〇2014年からE233系導入へ
2014年から現在運行しているE233系が導入をスタートします。
E233
導入当初は各駅ごとに違うステッカーが車両先端部に貼られていましたが、現在は外されています。当時はホームにもステッカーに合わせたドア位置表示のステッカーが貼られていましたがそちらも外されています。
まあさらっとですが、横浜線の歴史をまとめてみました。最後に注目したい駅として「橋本駅」を上げたいと思います。将来的にリニア中央新幹線の停車駅のひとつになるからです。駅前の中学校を立ち退き、その場所を駅とする計画だそうです。あと橋本駅は相模線の始発駅でもあり橋本から八王子まで直通運転を行っている電車もありますが、その辺は相模線の時に行いたいと思います。


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こちらが今回参考にさせていただいた書籍になります。
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